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2017年12月16日

噴火

 伊方原発(愛媛県)3号機の原子炉は船に乗ってやってきました。当時記者だった私は陸上からは見えないので、会社にヘリからの空撮を依頼、四国電力から抗議されたことを思い出します。原子炉の据え付け工事中も「稼働したらと中に入れないもんなぁ」と取材していました。先日、その3号機の運転差し止めの仮処分決定を広島高裁が行いました。

 その理由は「熊本県の阿蘇山で巨大噴火が起きて原発に影響が出る可能性が小さいとは言えず、新しい規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理」というものでした。

 東日本大震災が起こるまで、各地でさまざま人々が起こした原発訴訟は司法の壁に阻まれてきました。それが一転、"Fukushima"以後、司法の判断が揺れています。結局、眼前で出来事が起こらなければ、判断を覆すことはできなかったということでしょうか。巨大噴火の可能性は10年前も50年前も100年前もあったでしょう。活断層の危険性を裁判のなかで指摘しても、「安全」と判断してきたのは司法だったはず。であれば、今回の決定も科学的なものでなく、"社会の雰囲気"を読んだ判断なのかとも思います。

 原発が地域経済を支えるなかで、反原発を貫いた故斎間満さん。ローカル紙「南海日日新聞」の事業主、記者としての生きざまに当時八幡浜通信部にいた私は大きな影響を受けました。神戸への異動の際には送別の宴、退職した際もわざわざ激励のお手紙をいただき、おおいに励まされました。その斎間さんが存命であったら今回の決定をどう受け止めたでしょうか。素直に喜んだとは思えません。おそらく苦笑だったのでは。

 「私の危惧は、感情的原発反対論者の多くが、巨大噴火で原発が破壊された場合の危険性のみに注目していることである。冷静に考えていただきたい。巨大カルデラ噴火が一度起きて原発が火砕流で被害を受けるような場合には、その領域に暮らす人々の日常生活はすでに高温の火砕流によって破壊されているだろう。」https://news.yahoo.co.jp/byline/tatsumiyoshiyuki/20171215-00079280/

 私たちの仕事は重い障害を持った方々の社会参加、地域生活を支え、支援することです。その支援に必要なさまざまな事柄、人によってその条件は異なりますが、個人の"雰囲気"でありながら、その事柄の条件を合理性を持ったものと思い込み、信じ、声高に叫ぶのだとしたら私は勘弁してほしいなぁと思うのです。ほんとうにそうなのか、客観性を担保しているように見えながら、その本質は何か。(Z)

投稿者:W・I・N・G 路をはこぶ 日時10:49 | パーマリンク