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2020年1月17日

あれから...

 「あれから25年」。今年いただいた年賀状の多くにこの言葉がありました。
  あれから...。この言葉で通じる人々がいます。"あれから"の時間を闘った人たちの間には。

  世界初の都市直下型大規模地震ということで多くの支援者が神戸入りしましたが、大多数の支援者は地元の被災者でもありました。

  ある時、公園でテント生活をする被災者からこんな話を聞きました。「夜、役所の人が来て、救援物資を配ってくれた...」。当時、報道を見てたくさんの救援物資が神戸に届きました。しかし一つの箱には様々な物が詰まっており、それを仕分けする人手、ノウハウもなく、放置されている状態でした。行政が直接救援物資を公園に届ける人手はないはず...。(今はひとつの箱には一種類の物資というのが徹底されていますが) 

 いや違ったのです。その方は、山積みされた救援物資を何とか届けたいとの気持ちから公園に足を運んでいたのです。居ても立っても居られない気持ちだったのだろうと思います。行政は、特定の公園だけに物資を運べば、その他の市民から批判を受けるから配らないという判断をする性質を持っています。
 
 だからとその方は業務外で物資を配ったのでしょう。震災直後の業務をこなしながらも、なんとか被災者を支援したい、全国から届いた物資をわずかであっても届けたいという気持ちがその人を動かしていたと。
  その方も被災者だったに違いありません。膨大な仕事で疲労困憊だったと思います。異なる視点を持った方々であれば、「それは組織的にやるべきこと。労働者が守られていない。個人の行動に頼ってはいけない」と非難することでしょう。

  ずっと感じていること。支援者と被災者がその時間を境に一瞬で分かれるのはなぜでしょうか。自宅が、家族が、被災しながらも、懸命に自身の職務を果たすため奔走する人々。しかし、別の"被災者"からは「支援がなっていない」「どうなってるんや」と罵声を浴びせられる現実。一方で、支援を受けるべき被災者の立場を一貫して堅持する人々...。もちろん被災の状況はさまざまなのですが...。

  ♪支えあう心と 明日への 希望を胸に♪

  当時、神戸の自宅は小学校の真隣。「歌が聞こえてくると、涙流れるわ...」と妻がよく言っていました。
  あれから25年。私たちは変わったのでしょうか。(Z) 

投稿者:W・I・N・G 路をはこぶ 日時12:42 | パーマリンク

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