ブログの写真

2011年5月16日

偲(しの)ぶということ

 

DSC02396.JPG 人を偲んで涙を流す。人に偲ぶという行為は必要なのでしょうか。

 15日淀川栄光教会での昇天者記念礼拝には、17人が並びました。そのうち私がお世話になっている方は4名。支援先だった方、後見をさせていただいている方のご家族・・・それぞれに事情があり、クリスチャンではなかった4名を教会にお願いしています。

 

 あるご家族の言葉...

「非常に重い障害を持った弟が亡くなったとき、ようやく逝ったか...。正直、そんな気持ちにもなった。それでも1年に1度、ここに来て、弟の笑顔を想うと涙が出る。普段は忘れてしまっている笑顔を思い出して涙が出る...」

 

 必ずしも生前、一般的な意味では恵まれた人生ではなかったのかも知れない。それでも今はこうして平穏に皆に祝福をされている。日々の生活で、人は誰しもが悩み、傷つき、笑い、喜び、そして自分自身を情けなく思い、またそんな自分に苦しみます。故人を偲ぶことは自分自身の傷を癒す行為なのか。小さなことに悩む自分にもいつか平穏な時間が訪れることを知っていても、そのことを確かめたいのか。それほどに弱い存在だから。

 

 小さな教会に響く賛美歌...。さまざまな音程ながらも、自然に美しく感じ、頬につたわるものも自然だと感じられる、その空間があり、そこに自身がいることに感謝することができました(Z)

投稿者:W・I・N・G 路をはこぶ 日時10:36 | パーマリンク

WINGのサイトはコチラ
2011年3月以前の記事はコチラ

検索

ブログの検索