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2011年12月27日

タクシードライバー

 20数年前のちょうど12月ごろ。京都で同じタクシーに1ケ月の間に2度、偶然乗り合わせました。

 ドライバーさんは私を覚えていて、声をかけてくれました。

 

 「お客さん、二度目ですよね。どうですか、仕事」

 

 当時、駆け出しの新聞記者だった私はいわゆる"サツ回り"(警察担当)。毎日、連日、怒鳴られていました。

 「何年この仕事やってんだよ!!」という罵声と同時に、デスクは原稿をゴミ箱に投げ込みます(当時パソコンはまだなく、手書きだったので、ゴミ箱はPCでなく、本物のゴミ箱です)。あんた、何年って、まだ1年もやってないよ...なんて思う間もありません。何がどう悪いのかの指摘もなし。必死で書き直す隣で、「早く書けよ!週刊誌じゃないんだよ!新聞は毎日出てんだよ!!」

 

 そして、他社との競争。競争するのは、毎日・朝日・読売・産経・地元紙・NHK・共同通信の7社。他社もがんばります。だから普通にしていれば1勝6敗。これだとほとんど負けてる感じです...。他社に"抜かれている"と早朝にポケットベル(懐かしい)が鳴ります。受話器の向こうからは「何やってんだよ!どんな仕事してんだよ!!」とまた怒声...さっき入ったと思った布団を懸命にはねのけて...

 

 そんな愚痴をドライバーさんは覚えてくれていたのです。

 

 「辞めたいでしょう?でもね、しんどいだろうけどね、辞めたら駄目ですよ。怒られるのは、期待があるから。あきらめられたら怒られもしませんよ。怒られていいんですよ...辞めるのはいつでもできるから...できるようになったら怒鳴られませんよ」

 

 彼の言葉にはあきらかに言語障害がありました。脳性まひだったでしょう。彼がタクシーのハンドルを握るまでにどのような人生があったのか想像もできませんでした。50歳ほど。後姿はおぼろげなのに、その時の京都の夜の街の風景はなぜか覚えています。真っ暗でした。

 

 なぜドライバーさんには分かったのでしょうか。その時の私は逃げることばかり考えていました。こんな生活がずっと続くのだろうか、向いてないんじゃないだろうか、他にやることがあるはず...。夜中の本屋にふと立ち寄って、院で勉強でもしようか...などと。

 それでも踏みとどまれたのは、ドライバーさんの言葉だったことに間違いありません。辞めるのはいつでもできる。きちんと認められる仕事をしよう。それからも怒鳴り続けられた私でしたが、次第に仕事のコツを覚え、しんどさを逆に楽しさに変えることもできようになり、そこそこ原稿を書き、ネタも取れるようになりました。

 

 今感謝するのは、必死にさせてくれたあの怒声。踏みとどまらせたあの言葉。自分は今、あの怒声を出せるだろうか、あの言葉を言えるだろうか。できないのだったら、今の若いスタッフに申し訳ない。できないのは、私の臆病さ、力のなさに相違ないから。10年後、20年後に生きる罵声を私は出せない...私もあのデスクやドライバーさんと同じ年齢に近づいているというのに...

 

 この時期になると、あのドライバーさんを思い出します。おじさん、まだ京都の街を走っていますか。また座席に乗せてくれたらいいのに(Z)

 

投稿者:W・I・N・G 路をはこぶ 日時13:29 | パーマリンク

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