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2014年10月 6日

フリーマーケットとスウェーデン

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 なぜか雨を呼ぶフリーマーケットです。毎回のように雨が降り、昨日も台風18号が接近するとのこと。なかばヤケクソの開催でしたが、雨は降らず、どんよりとした曇り空。ただ、それが良かったのでしょうか。お客さんも入りはまずまず。なんとか形にはなりました...。ただいくつかのイベントは台風を予想して中止にしており、残念でした。 ...写真は、フリマのノボリ、他施設の授産製品を販売した「トルテ」、児童向けのイベント「かえっこバザール」の様子です。(Z)

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  福祉新聞の連載「変容する福祉国家スウェーデン」が興味深かった。「スウェーデンにおいて『福祉』は弱者の保護やケアではなく、国際経済の荒波を乗り切るための『経済政策の一環』であるという強い信念がある」「欧州先進国の中にあって人口対比で最も病床数を意識的に削減したのはスウェーデンである」といった言葉が、前スウェーデン大使の渡邉氏から語られる。

 北欧の福祉制度の話を聞く度に、制度はその制度を使う人々の精神・経済文化と切り離せないと思い、礼賛的な制度紹介を胡散臭く感じてきた私には理解しやすい内容だった。

 スウェーデンでは今でも徹底して供給主体の運営管理上の都合や医療者の休暇・勤務時間や当番か非番かを優先する医療文化である▼医療のアクセスは「医者に会うのは首相に会うよりも難しい」▼いつでも自由に医者に診てもらえる。換言すれば医者に無理をかけても診てもらえる日本...   

 日本と比較して、子育て支援や障害者福祉の充実を取り上げながら、

 誤解を恐れずに言えば、将来働き手となる子どもと障害者という「未来」の充実を図るため、「過去」を象徴する高齢者予算が削減されたのである▼国民の生活現場から見ると、アシスタントに付き添われて街中を出歩く車いすの障害者は多く見受けられるが、自ら歩行器で買い物や散歩する体の不自由なお年寄りは見かけても、ヘルパーに付き添われた車いすのお年寄りは余り見かけられなくなった▼毎日4回の散歩が義務付けられ、飼い主と「犬の保育士」による散歩の姿をよく見かける犬よりも、高齢者の扱いが悪いとの酷評まである。

 しかし、国民の反発はないのか。渡邉氏は「高齢者は総じて我慢し受け入れているように見える」と言う。なぜか。

 そこには、納税によって得られる範囲のサービスを利用しつつも「自分の時間と空間を大切にし、他人に管理されたくない。人は独りで生きて独りで死ぬ。日常生活の中で自然体の尊厳ある死、いわば独立死をいとわない」という「自立した個人」の「強い覚悟」を見いだすことができる。さもなければ、大病院の病室内で遠隔心電図モニターもつけられず回診の合間の時間に病状が急変し「病室内孤独死」をする患者が発生しても何ら社会的問題とならず国民的に受け入れる社会ということは到底理解できない。

 私は父の姿を思ったとき、私はこれを受け入れる覚悟はないだろうと。二者択一ではないが、様々なことには表裏があり、それを受け入れたり、支えたりする部分が存在する。その部分を考えず、否、思考力を持たず、表面的な話に終始することには徒労感すら感じる。その点、渡邉氏の話は、制度の一面で語られることの多いスウェーデンの福祉を様々な面から語っており、納得のいくものだった。

 さて、それは、私たちの法人であっても同様。私たちにとっての仕事とは?賃金とは?労働者としての側面、支援者としての側面。あなた自身の生き方は?私たちは、真摯に自身を問い直す作業はできているだろうか...。(Z) =写真は事務局の窓からの風景。

投稿者:W・I・N・G 路をはこぶ 日時10:39 | パーマリンク

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